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フォールトレッカー記念碑はケープ地方を追いやられたボーア人による内陸部への大移動を讃えて建造されました。この大規模な記念碑は花崗岩から作られた雄牛の荷馬車に囲まれています。建物内にはボーア人の栄誉を称える数多くの彫刻作品などが並んでいます。様々な小動物が生息する広い敷地は国立自然保護区に指定されています。 

巨大なフォールトレッカー記念碑は車で南側からプレトリアにやって来る人々がまず最初に目にする建物で、ケープ地方から追いやられたボーア人による内陸部への大移動を讃えるとともに、今日の南アフリカを築く土台となりました。

ご存知でしたか?
フォールトレッカー記念碑に飾られている花崗岩の彫刻作品は世界最大の規模を誇っています。

11834年に大英帝国は奴隷制を廃止しましたが、これに納得のいかないボーア人の不満は徐々に高まり、1835年の終わりには数千人ものボーア人が「グレートトレック」と称されるケープからの移住を開始。ボーア人による移動範囲は徐々に広がり、その多くは中部の内陸方面や現在のクワズールー・ナタール州がある北東部に定住しました。

フォールトレッカー記念碑

大勢の入植者の到来に恐怖を覚えたズールー王国のディンガネ王は、ピート・レティーフ率いる一行を虐殺し、別のグループへも奇襲を仕掛けましたが、1838年12月16日のブラッド・リバーの戦いで敗北を喫します。それからまもなくイギリスはボーア人が建国したナタール共和国を併合し、再び移住を強いられたボーア人はさらに内陸へと進みオレンジ自由国とトランスヴァール共和国を建国します。

ジェラルド・ムルディ(Gerard Moerdijk)設計によるフォールトレッカー記念碑は1949年12月16日に開館しました。花崗岩でできた雄牛の荷車64台に取り囲まれた建物内には歴史を物語る彫刻や慰霊碑が配置されています。毎年12月16日になると屋根の天窓から差し込む日光が慰霊碑を照らすように設計が施されています。またフォールトレッカーたちの偉業が刻まれた27枚のレリーフは世界最大の花崗岩の彫刻を構成しています。

プレトリア郊外にあるこの記念碑にはボーア人の指導者を模した巨大な5体の像と、アントン・フォン・ワウー(Anton von Wouw)が手がけたボーア人女性と2人の子どもの像が設置されています。周辺には固有植物が生息するとともに野外の円形劇場が設けられています。フォールトレッカー記念碑とその周辺地域は1992年に国立自然保護区に指定されています。

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